グラフィックデザイナーであれば一度は耳にしたことがある定番の英字フォント。今回はGill Sans(ギル・サン)というフォントの歴史をご紹介します。
DESIGNER
Y.T.
Gill Sansはイギリスの著名な芸術家Eric Gill (エリック・ギル)によって1930年前後に造った実に誕生以来80年以上の歴史ある書体です。フォント名は人の名前に由来します。
Eric Gillは、書体デザイナーであり、かつグラフィックアーティスト、また彫刻家としても有名でした。
もともとは建築を学んでおり、教会建築の専門家であるW.D.カロエ(W.D. Caroe)の下で建築を学びますが、研修が嫌になり辞めてしまいます。
その後、中央美術工芸学校(Central School of Arts and Crafs)でカリグラフィーのクラスを受講します。Gill Sansは、彼が受講していたクラスの先生Edward Johnston※1※1エドワード・ジョンストンはイギリスの工芸家、タイポグラファー、カリグラファー。 がロンドン地下鉄のために造ったJohnston(フォント)から着想を得ています。
Edward Johnstonとの出会いが、Gill Sansの誕生の大きなきっかけだと言えます。
可読性が高いとして有名なGill Sansですが、彼自身も究極の可読性をもつサンセリフ体のフォント製作を試みていたそうです。
※1 エドワード・ジョンストンはイギリスの工芸家、タイポグラファー、カリグラファー。
Eric Gillは「Prospero and Ariel」という彫刻群をBBC(英国放送協会)のために製作しています。
写真のモチーフになっている人物はシェイクスピアの最後の作品と言われているテンペストに出てくるキャラクターだそうです。
また、BBC(英国放送協会)はGill Sansを制定書体として使用しています。
※制定書体とは、企業や団体などで使用する書体を統一すること。
代表例として日本の企業では、資生堂やサントリーが制定書体を採用している。
タイポグラフィに精通した技術者として有名なJan Tschichold※2※2ドイツのタイポグラファー・カリグラファー。(ヤン・チヒョルト)。
彼は、イギリスを代表するペーパーバックの出版社ペンギンブックス社のタイポグラフィ、ブックデザインの専属アドバイザーとして、1947年〜49年まで就任していました。
ペンギンブックス全ての書物のリデザインを行い、また、良質な量産本を仕上げるためのシステムの構築など作業の工程まで見直していきます。
彼の働きが、イギリス全体の書籍の質の向上と、書籍におけるタイポグラフィの重要性を世界に認知させました。
前置きが長くなってしまいましたが、今までペンギンブックスの社名は、「Bodoni Ultra Bold」を使用していたのをJan TschicholdはGill Sansに変更します。
ペンギンブックスの装丁といえば、これ!と思う人は多いのではないでしょうか。
※2 ドイツのタイポグラファー・カリグラファー。
Gill Sansはサンセリフ体で、四角の枠に綺麗に収まっており、一見するとHelveticaやFuturaのような幾何学的なフォントと似ているように見えますが、どこか柔らかみを感じるフォントです。
また、フォントのウェイトのバリエーションが豊富で、使いやすくそれぞれ違う表情を持っています。
HelvetivaとFuturaでGill Sansを比べてみると「C」や「O」、「S」などのカーブが特徴的だと思います。
Gill SansのデザインのベースにTrajan(トラジャン)やBaskerville※3※3Baskervilleとは、イギリスのジョン・バスカヴィルが作成した書体のこと。伝統的な印象を持つトランジショナル・ローマンであり、イギリスを代表する書体の1つ。(バスカヴィル)など、 古代のセリフ体を元に作られているため他の幾何学書体とは違う雰囲気を感じるでしょうね。
それでは、「C」を例に見ていきましょう。
Futuraの「C」のカーブは正円に近くて、Helveticaは楕円に近いです。
どちらも正円と楕円と全く同じではないですが、幾何学の形に極めて近い曲線です。
Gill Sansの場合、馬の蹄のように独特な曲線を描いています。
また、文字に中心線を引くとHelveticaの場合、左右対象で整頓された印象です。
小文字で一番形の違いが出ているのは「g」と「t」です。
「g」は、サンセリフ体とは形が異なっており、モデルに使用していたカロリング小文字体の影響がでています。
カロリング小文字体はフランク王国の国王「カール大帝」の庇護の元に作成された字体であり、こちらもTrajan(トラジャン)と同様に気品の高い字体を元にGil Sansが作られていることがわかります。
「t」の文字については、サンセリフ体には無いセリフ体の特徴的な飾りがついています。
※3 Baskervilleとは、イギリスのジョン・バスカヴィルが作成した書体のこと。伝統的な印象を持つトランジショナル・ローマンであり、イギリスを代表する書体の1つ。
伝統あるGill Sans。いかがでしたでしょうか?
一般的に大文字より小文字の方が、文字自体のコントラストがはっきりしているため、文章が読みやすいと言われていますが、Gill Sansの場合、サンセリフのすっきり整然とされた印象と合わせてセリフ体やカロリング小文字体の独特なカーブを描くことにより整然とされすぎず文字一つ一つが印象的になり、瞬時に文字を識別できるのではないかと思います。
フォントを比較してみると、それぞれのフォントの特徴が見えてきます。
また、フォントが生まれた背景や製作者の思想を知ることでそのフォントのどこを見るべきかわかってきます。これは、フォントのディテールを知る上で重要な知識だと思っています。
わたしはGill Sansのようにサンセリフ体なのにデザインの元に使用しているフォントがセリフ体やカロリング小文字体というのがおもしろいと思いました。
文字の歴史や特徴を知ることで、デザインの参考になればとおもいます。
参考書籍:「Jan Tschichold」公益財団法人DNP文化新興財団
「Penguin By Design: A Cover Story 1935 To 2005」Phil Baines
今日もあなたに気づきと発見がありますように
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